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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

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義経黄金伝説■第十章

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YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと

義経黄金伝説第十章  鎌倉・将軍の夜

一  一一九八年(建久九年) 鎌倉 京都・鞍馬山

 鞍馬山は、京都市中よりも春の訪れが少しばかり遅い。僧正谷で武術修行にうちこむ二人の姿があつた。老人と十二才くらいの童である。鬼一法眼が手をと
めて、義行に話しかけてた。
「和子は、このじいを何と思うておられる」
「どうした、じいは。いつものじいではないのう」
幼い義行にとって、鬼一は年をとった父親のようであった。不思議そうな顔をして、義行は、鬼一の方を見る。
「よいか、よく聞いてくだされ。わしも、もう長くは生きられぬ。そのため真実を申し上げる。和子は源義経殿が和子にござます」
鬼一法眼は、深々と頭を下げる。びっくりする源義行だった。
「この私が、あの義経が子供だと」
義経が奥州平泉で襲撃されて十年がすぎている。義行は、義経のことを、日々の勉学に聞き及んではいた。
「この俺があなた様のために、亡くなられた西行法師殿より預かっているものがござる。それをお渡ししよう。また和子の存在を知っている者が、京に一人おられた」
「おられたと。その方も…」
「そうじゃ、七年前にお隠れなられた後白河法皇じゃ。その方の指令がまだ生きておる。頼朝をあやめられよと」
「頼朝をあやめると…」
「じゃが、よーく聞いてくだされ。源頼朝殿、殺すも自在じゃ。なぜなら、この鬼一法眼、全国に散らばる山伏の組織を握っております。和子を鎌倉に行かせるは自在。が、西行殿、そして義経殿が義行に望んでおったことは、和子が平和な一生を終えられることです。また平和な郷を作られることです。この書状には奥州藤原氏よりの沙金のありか書いてございます。これをどう使われるかは、和子が自由でございます」
「鬼一法眼、私はどうすれば…」
突然、突き付けられた事実に、義行はたじろいでいる。
「どうするかは自分でお決めなされ。自分の生涯は自分で決めるのです。義経殿が滅びたは、自分の一生、自分で決められぬほど、源氏の血の繋がりが強かった。和子はそうではござらぬ。つまりは、和子は世に存在しない方じゃ。自由にお考えなされ」
「……」
「が、義行さま、西行殿のまことの黄金は、あなたさまじゃ…。それほど大事に思われておったのじゃ…」
「……」
「じい、決めた。私は父上の仇を討つ」義行は、そう鬼一法眼に告げた。
「そのお考え、お変えになりませぬな」
 鬼一の眼は、義行の眼を見据えた。義行の眼には、常とは違う恐ろしい別の者が潜んでいる。
「武士に二言はない」恐れず義行は答える。
「わかりました。が、義行様、先に進めば、二度とこの鞍馬山に帰ることはあ
いなりませぬぞ」
「何…この鞍馬には二度と」
「さようでございます。もし、頼朝様を殺すとならば、義行様はこの日本に住むことできますまい。なぜならば、鎌倉が組織、すでに全日本に張り巡らされております。その探索から逃れることなど、絶対不可能」
「……」義行は急に黙り込んでしまった。
 (西行殿、許されよ。俺はお主との約束を破る。許してくだされい。俺は、
義行様が不憫なのじゃ)鬼一はひとりごちた。
「なれど、義行様、安心なされませ。義行様をただ一人行かるじいではございません。私の知り合いに、手助けを頼みましょう」

 鬼一法眼の屋敷は、京都では一条堀河にあった。義経は、陰陽師でもある鬼一法眼から、兵書「六闘」を授かっていた。
 平安時代中期、藤原道長の霊的ボディガードとして有名だったのは、当時最高の陰陽師安倍晴明であったが、彼の子孫は土御門家として存続する。この土御門家に連なる一人が鬼一法眼であった。
 鬼一法眼は、自分の屋敷から白河に向かい、あばら家を潜る。
 「おお、これは鬼一法眼殿、生きておられたか。伝え聞くところによれば、貴公、奥州に行かれ行方不明と聞いていたが」
 のっそり出てきた優男は、京都で名高い印地打ちの大将、淡海である。
「淡海殿、お願いがござる」
鬼一法眼が頭を下げている。突然の事に、淡海はめんくらう。
「これは、これは何を大仰なことを申される。法眼殿は義理の兄ではござらぬ
か」
「いや、ここは兄としてではなく、印地打ちの大将にお願いしている客と思っていただきたい」
「俺の、印地打ちの刀を借りたい、、と、、申されるのか」
「実は、儂の人生の締めくくりとして、ある人物をあやめていただきたい。とっても、儂は、手助けをお願いするのみだが」
「…、したが相手はだれぞ」
「鎌倉の源頼朝」
「むっ…」淡海は唸ったまま、眼を白黒させている。
 白河は、別所と呼ばれる。別所とは、別の人が住むところ。昔、大和朝廷が日本を統一したときに、戦った敵方捕虜をそこへ押し込んだのであった。別所は、大原、八瀬など、すべて天皇の命を受けて働く、別働隊の趣があった。しかし、また、武者などの勢力から、声を掛けられれば働くという、傭兵的な要素を持っているのである。
 淡海たちは、石つぶての冠者、つまりプロフェッショナルの戦士であった。
 石つぶては、当時の合戦に使われている正式な武器だ。
「が、鬼一殿。相手が相手だけに、義兄さまの幻術も使ってもらわねば、難しいのではないか」
「さよう、頼朝を郎党から一人引き離さねばのう」
「どのような塩梅か」
「気にするな。我が知識の糸は、鎌倉にも張り巡らしてござる。それも頼朝にかなり近いところだ」
「おお、力が入っておるのう」
「よいか、義弟殿。この度の戦さは、儂の最後の戦さじゃ。また、あの西行殿の弔い合戦でもある。頼朝を仕留めれば、奥州の沙金の行方を追うこと、諦めるだろう」
「それでは、一石二鳥という訳でござるな」
「そういうことだ。済まぬが、おの手の方々を、すぐさま東海道を鎌倉に下らせてくださらぬか」
「おお、わかり申した。色々な職業、生業に、姿を変え、鎌倉へ向かわしましょうぞ。京都の鎌倉幕府探題の動き、激しいゆえにな。動きをけどられぬようにな」

■二  一一九八年(建久九年) 鎌倉 

「広元様、この鎌倉の政権を取りたくはございませぬか」
磯禅師が告げた。鎌倉の大江広元の屋敷である。幕府成立後七年がすぎている、静の舞からも十三年がすぎている。さらに大江広元が京都から鎌倉に来て十六年が過ぎ去っている。
「何を言うか。この鎌倉には、頼朝様が、征夷大将軍に任務じられておられる」
「が、広元様、この鎌倉幕府の仕組みを考えられたのは、他ならぬ眼の前におられる広元様ではございませぬか」
 広元は世の仕組みを作る、言わばフレームワークを行っていた。また法律と
いう国の根本を考えだし、関東の武士たちに一定の秩序を与えたのは、頼朝ではなく、すべてこの広元の「さいづち頭」から出ていた。つまり、広元が鎌倉
幕府の全システムを考え出していたのである。
「広元様は、元はと言えば京都の公家でございましょう。京都にも知り合いが
多くございましょう」
「無論じゃ」
「で、お知り合いの方々を、この鎌倉の要所要所につけなされい」
「禅師、、、お主は、この鎌倉を、京都化しようというのか」
「その通りでございます。これは法皇様も、関白様も認めておられること」
「……」
 広元は、頭の中に新しき血を巡らせていた。
「よろしゅうございますか。源氏の血を将軍職からなくし、京都の公家、いや
天皇の血を入れるのです。無論、政事をなさるのは、関東の武士の方がよいと思われます」
「具体的には誰だ」
「北条氏でございます」
「政子様のててご時政、兄上とか…」
「そういうことでございます。そうしなければ、この坂東の武者どもが黙っておきますまい。まず広元様、北条氏の方々の力を蓄えさせることに力を注がれ
ませ」
「ということは、北条以外の有力なる武将をすべて葬れと…」
「大江様ほどのお方なら、中国、唐の歴史をご存じでしょう」
大江は、禅師の言葉に疑問がうかぶ、こうしゃべらしているのは、京都のだれなのだ。いや、京都の貴族全体かもしれぬ。広元の体に寒気が走った。
「無論じゃ、が磯禅師、お前はそのような知識をいずこで」
「禅師は、京都の闇の組織に通じております。この闇の組織は公家様の知識を集めたもの、そのくらいお分かりにならない広元様ではございますまい」
「で、唐の歴史とは。そうか、そういうことか」
広元は、京都にうごめく古来から連綿とつづく恐ろしさを見たような気がし
た。
「さようでございましょう。王朝が変われば国の統一のために手助けした者、
武将、ことごとく新しい王のために葬り去られましょう」
「が、禅師、俺は武将ではないぞ」
「それゆえ、策略を巡りやすいとの考えもありましょうぞ。中国が三国のと
き、諸葛孔明の例もございましょう」
大江広元は、考える。いかに禅師といえど、この考えは、
「禅師、その考え、まさか、後白河法皇様の…」
「いえ、滅相もございませぬ。これは京の公家の方々の総意とお考えください
ませ。よろしゅうございますか、広元様。頼朝様の動きを逐一お教えくだされ
ませ。そして、もし機会があれば…」
「お主たちが、大殿を殺すという訳か」
「さようでございます。さすれば広元殿、鎌倉幕府にてもっと大きな位置を占
められましょう」
「それが俺にとって、よいかどうか」
「よろしゅうございますか。頼朝様亡くなれば幕府は、烏合の衆。広元様が操
ることもたやすうございましょう」
「所詮、北条政子殿も、親父殿も伊豆の田舎者という訳か」
 禅師は、にんまりとうなずいた。

■三 一一九八年(建久九年) 鎌倉

 鎌倉の朝。一一九八年(建久九年)一二月二七日
 鎌倉街道の地面に落ちた霜が太陽を受けて、湯気をあげている。気おもいで気分のすぐれぬ頼朝は、単騎でゆっくりと動いて来る。大姫の死が、頼朝のこころを責めさいなんでいる。
鎌倉街道の要所である相模川の橋。その完成式の帰りであった。この時のお共には、広元は最初から参加していない。頼朝は馬に乗り、見知らぬ道を通っていた。ふと、回りを見ると、いつもはいるはずの郎党共の姿が見えない。おまけに辺りにはうっすらと霧が出てきたようである。

「これは面妖な…、ここはどこじゃ…」
きづくと霧の真ん中に頼朝が一人。
 頼朝は、ひとりごちた。道の向こうに人影がぼんやりと見えている。
「おお、あそこに人がおる。道を尋ねよう」
頼朝はそちらに馬を進めた。
 すでに鬼一法眼の術中に嵌まっていることに、頼朝は気付いていない。鬼一得意のの幻術である。
 この時、頼朝の郎党の方は、大殿の行方を捜し回っている。が、みつからぬ。二股道の一方を頼朝が通ったあと、鬼一の手の者が偽装したのだ。頼朝は、郎党から切り話されて霧ふかき見知らぬ森の中にいる。護衛から全く切り離され、一人きりなのである。頼朝を乗せた馬は、一歩一歩と、その人影に近づいて行く。
 どうやら、若い女性のようだ。旅装で網代笠を被っている。頼朝は馬上から尋ねた。女の体つきに、へんに見覚えがあった。
「これ、そこなる女、ここはどこじゃ。そして、鎌倉までの道を教えてはくれぬか」
 女はくぐもった小声で答える。
「頼朝殿、鎌倉へお帰りのつもりか。もう鎌倉はござらぬぞ。お前様は帰るところがないのじゃ」頼朝は奇異に感じた。
「何を言う、貴様、妖怪か」
 叫ぶが早いか、頼朝は、女の網代笠を馬の鞭で跳ね飛ばした。瞬間の霧の中から、ごおーっという音が起こっている。おお、これは…、幻影か。頼朝の目
の前に炎上する都市の姿が見えていた。霧の仲にくっきりとその映像が見えるのだ。頼朝は、平泉のことを思い出しているのかと一瞬思う。う、これは、な
んとした事じゃ。
が、よく見ると、そこは鎌倉なのだ。
「儂の鎌倉が燃えている。どういう訳じゃ」
自分が手塩にかけた愛しき町が燃え上がっている。鎌倉という町は、頼朝にとっていわば、自分の記念碑である。
「き、貴様」女の顔を見る。
「うわっ、お前は大姫」
 四年前に奈良でなくなったはずの愛娘、大姫の姿がそこにあった。大姫は頼朝の方へ両手を伸ばした。顔はて暗がりではっきりとは見えないのだ。
「さあ、父上、私と一緒に極楽浄土へ参りましょう」
 大姫が指さす方は、燃え上がる鎌倉である。
「あの中へじゃと」
 その炎上の中にいる人々の姿がはっきりと見えていた。平氏、奥州・藤原氏
の武者、そして源氏の武者、おまけに義経の姿もある。今までの頼朝の人生で手にかけてきた人物たちである。
「さあ、父上の親しい皆様が、ほれ、あのようにあちらから呼んでおいでじ
ゃ。さあ、父上、はよう」
 頼朝はゆっくりと馬から降りて、ふらふらとそちらの方へ歩んでいる。
 突然、石つぶてが、頼朝の体といわず頭といわず降り注いできた。
「ぐっ」
 頼朝は、頭に直撃を受け倒れ、気を失う。淡海の部下が数名、投弾帯や投弾丈をもちいて、ねらいたがわず、頼朝に命中させていた。投弾帯は、投石ひもともいわれ石弾をはさむ一本のひもで、石弾をはさみ下手投げでなげる。時速八〇キロの速度はでた。
 頼朝はしばらくして気付いた。が、目の前はまだ霧の森の中である。
「い、今までのことは夢であったか」頼朝は叫んでいる。
 人影がある。大姫の姿があった。
「お、大姫。助け起こしてくれい」
 今は亡き大姫の名前を呼ぶ。しかし、大姫は反応しない。
「儂が悪かった。許してくれい。お前の幸せを考えず、志水冠者殿を殺してし
まったのは、俺の不覚じゃ。許せい」
志水冠者は、頼朝が殺した大姫のいいなづけ、木曽義仲の息子である。
 大姫の姿がするすると、頼朝のところへ近づいて来る。
「本当に、そうお思いですか」顔をよせてきた。
「そうじゃ」頼朝は、大姫の顔を仰ぎ見た。
 いった瞬間、大姫の服が弾き飛ばされている。
 そこには、うって変わって、りりしい若い武者が立っている。
「お、お前は何者じゃ」
大地をころびながら頼朝が叫んでいた。
「源義経が遺子、義行にございます」
 頼朝は、驚き、その人物の顔をしかと観察する。
「まてまて、お前は義経が子か」
「そうでございます」
  義行は、頼朝に対して刀を構えている。しかし目には不思議に憎しみはないのだ。頼朝に対する哀れみが見える。
 この男は…、本来ならばおじになる。が、我が父を葬った男。鬼一から話を
聞き日々の憎しみを増幅させ、この計画を練ったのだ。しかし、実際に、頼朝
と対峙してみる、と、悪辣なる敵のイメージとあまりにもかけはなれている。
頼朝には一種独特の凄みがありながら、その体から悲しみを感じるのだ。愛娘を死なした絶望が見える。頼朝の人生は多くの人々の亡骸から気づかれている。悲しい人生かも知れぬ。おのの存在、源氏の長者として大きくみせなければならなかった。いままで、源氏のだれもが、望み得なかった高見に頼朝はいるのだ。が、この悲しみの原因は何のか。そして、義行を哀れみの情で見ているのだ。驚いたことに頼朝は、涙を流しているではないか。
義行は思わずたじろぐ。
「義行殿、不憫よのう、お主は、我が父、義経が、北へ逃れ、蝦夷の王、
いや、山丹の王になっておるをお主は知らぬのか。私頼朝が、ある人物との約束で許したのじゃ。」
 (何をいまさら、血舞いよい事を)
その言葉の一瞬、源義行は、頭に血が上り、
(この後に及んで、私をたぶらかそうとするのか。やはり叔父上は、見かけで
はなく、本当に悪人なのかも知れぬ)
  義行は、迷うが、怒りをあらわに再び切りかかる。
  同時に、木陰から数個の石が雨あられと降り注ぐ。再び狙い過たず、頼朝
の体に命中していた。額からは、うっすらと血が滲んでいる。頼朝が再び地に
伏す。
「蝦夷じゃと、ええい世迷いごとを、、叔父上、 父の敵、覚悟…」
 義行が、大声で呼ばわり、大地に倒れている頼朝に走りより、刀で刺そうとした。
 突然、じろりと頼朝が、うつむいていた顔を持ち上げ、義行にまなざしを向ける。
 不思議な鋭い眼差しであった。空虚(うつろ)。深き絶望が、その眼の中に見えるのだ。
「ううっ…」
 義行は、振りあげた刀を、叔父の体に振り下ろすことができない。
 「うっつ、くそ」
 義行は、叫び声をあげ、いたたまれなくなり、急に後を振り向き、霧の深い森の外に走り出した。
 義行の体がおこりのように、体がぶるっと震えた。
(なぜじゃ、なぜ俺は、この父の敵の叔父上を打てぬのか。それに父が、、
義経が蝦夷、山丹の王だと、聞いていない。鬼一はそれを知っていたのか)
疑問が渦を巻く。
「くそっ」
義行は、途中で思わず路傍に、武士の魂、刀を投げだすように捨てた、一目さんで逃げ出している。
倒れている頼朝の側に、霧の中からのそりと僧服の大男が現れていた。
「頼朝様、ごぶじか」
「おお、文覚、助けに来てくれたか」
「鬼一、ひさしぶりじゃのう。お主の計画、俺が止めてやるわ」
霧の中に向かって文覚がしゃべっている。
森の中の霧が、ゆっくりと薄らいできた。
霧の中から、同じような格好をした鬼一が、背後に人数を侍らしながら現れている。
「くそっ、文覚め。よいところで、邪魔をしおって。じゃが、いい機会じゃ。西行殿の敵、ここで討たせてもらうぞ」
鬼一も言葉を返す。
「ふふう、逆に返り討ちにしてくれるわ」
「まて、まて」
 二人は構えようとしたが、騒ぎを聞き付けて、ようやく頼朝の郎党が、刀を
構えて走ってくる。
「勝負は後でだ、文覚」鬼一は走り去る。
「わかりもうした」文覚は、逃げていく鬼一の集団にむかい叫ぶ。
「頼朝殿、しっかりされよ」
 文覚は、頼朝の体を揺さぶり抱き起こした。気を取り戻す。
「傷は浅手でございますぞ」
「文覚、今儂は、義経の子供にあつたぞ」
「おきを確かに」
 文覚は、あたりに転がっている頼朝を倒した石を調べてみる。石の表面がわ
ずかに濡れている。何かの染料か。文覚は石の先を木の枝で少し触り、その匂いを嗅いでみる。
「くそ、鬼一め、丹毒を塗っておる。いずれは吉次か、手下の鋳物師から、手
に入れよったか」
「はよう、大殿のを、屋敷に運ぶのじゃ」
文覚はあわてた、
(この時期に頼朝殿をうしなうとは、鎌倉の痛手となる。ましてやこの文覚がそだてた頼朝殿を、日本の統一を手にした頼朝殿を、、この手配は、京都の手のものか。ゆるさじ。)

■四 一一九八年(建久九年) 鎌倉

 頼朝近辺を護衛する武士の一人が、鎌倉政庁にいる大江広元に告げた。
「頼朝様が、傷つき,かつぎこまれました」
「何、よし、落馬されてけがをおわれたとせよ。この事、他の者に他言無用と
しろ」
「怪しげなる童…だと」
大江広元は、体をこわばらせた。
「大殿様の馬の側にうろついておりましたところ、捕まえてございます」
「よし、そやつの顔を見てみよう。私の前に引きだせい」
 やがて、広元の前に、見目麗しい少年が引き出されていた。その少年の顔を一目見た一瞬、汗が吹き出てきた。
広元は、その少年が誰であるかを、しっていた。
 一三年前、一一八六年、鎌倉稲村が崎で、自分がすり替えて助けた童子。静と義経の子供。
 この少年が取り調べた際、自分の身元をしゃべり出すようなことがあれば、
類は自分にも及ぼう。この少年の処理、素早くせねばなるまい。広元の額にはうっすら汗が浮かんでくる。
「この罪人、牢獄へ引き立てい」
 広元は、その後、磯禅師を別室に密かに呼んでいる。
「お前の孫が、生きておったな」
 雑色たちを所払いにし、開口一番に広元は言った。
「私の孫ですと。何をおっしゃいます」
 禅師は慌て、そして顔色を変えている。
 まさか頼朝の暗殺者が、あの静の子供だとは。禅師には思いもよらぬ展開だった。
 京都からもそのようなことは聞いていなかった。
「まさか、何かの間違いでございましょう」
 広元は、この暗殺者が義経と静の子供であるとわかると、自らの立場が悪く
なることに無論気がついていた。お互いの眼が合う。おおよそ、広元と禅尼の
利益は合致した。これは一つ、あの童を密かに殺してしまうか。
その考えている瞬時、巨大な動物が、奥座敷の戸板を打ち破り、二人の前に
現れていた。
「うわっつ」
二人は何が起こったか一瞬わからない。
「頼朝殿を殺したは、お主らか!。え、広元、禅師、お主らが企みよったか」
憤怒の様相の文覚であった。もはや、全身が、怒りの塊と化している。
「よいか、広元。覚えておけ。お主ら、貧乏貴族が支配する日本のために、頼
朝殿に俺が命を掛けた訳ではないわ。この日の本を、すばらしい仏教王国にするため、民が住みやすい国にするために、この文覚は頼朝殿に掛けたのじゃ」
 憤怒の不動明王像のように見える文覚。その文覚に対して、広元は真っ青にり、一言もしゃべりはしない。禅師も部屋の隅に蹲っている。
「広元、決して、義行殿を殺してはならぬぞ」
意外なことを文覚は言った。
「義行殿を囮に、鬼一法眼を、大倉山山頂に呼び寄せ、最後の勝負を挑む。
ただし手出し無用。儂と鬼一で勝負を決める」

■五 一一九八年(建久九年) 鎌倉大倉山 

 都市鎌倉の背後にそびえる大倉山山腹にびょうと風がふいている。
鎌倉の周り北東西三方に山山がとりまき、南は海に開いている。鎌倉は自然の要塞であった。大倉山山頂から頼朝が作りあがた要塞都市の姿がよく見える。文覚はだれにも手出しできぬように、この決闘場を選んでいた。
 伊豆からの春嵐がふきすさぶ山頂に鬼が二匹。
「鬼一、今度が最後の勝負ぞ。いずれにしろ、お主らが丹毒で、頼朝様、もっても一週間じゃ。お主らを倒しておかねばのう。この鎌倉幕府が持たぬわい」
鬼一も構えている。
「おおよ、その勝負、受けたぞ、文覚。俺も京都一条の鬼一法眼。あとくされない勝負じゃ。これで引き下がったとあっては、俺の名折れよ」
二人の体に、伊豆からくる少し早い春風が、吹き巻いている。
が人の気配のない大蔵山の山頂に、二人とも八角棒を手にして微動だにしない。
「それに鬼一、安心せよ。儂は西行殿と9年前に約束しておる。勝っても負けても、義行の命は安全よ」
「それを聞いて安心した。お主も闇法師の端くれであったか。約束は守るのか」
「当たり前よ。ましてや、西行殿の今際の際の言葉じゃ」
「いざや、まいる」
どちらからともなく打ちかかっている。激しい打撃音が、大倉山全体に響く。山に住む野生の動物たちが勢いで逃げ出してくる。
「よいか、鬼一。お前たち、山の民どもの住む所など、もうこの世には存在せぬ」
激する文覚が声高に叫んでいた。
「頼朝ばらに、我々の王国など支配できるものか。いあや、支配させるものか」
鬼一が、鋭い文覚の八角棒の一檄を受けて叫ぶ。
 鬼一の言う王国とは、京都大和王朝が成立しても、なお連綿と続いている、前の王朝、葛城王朝の流れを汲む『山の民の王国』である。歴代の京都朝廷も彼らの見えざる王国を認め、協力者としていたのだ。それを文覚は無くなると言うのだ。
「よいか、頼朝殿が、征夷大将軍となり、十年前に奥州平泉王国を滅ぼした今、我々武家の世の中よ。日本は頼朝殿によって統一された。支配するのは鎌倉将軍。また山々、山山林のすみずみまで、鎌倉から守護、地頭をつかわし、網の目のように日本全土に支配を巡らせる。お前たち、山伏を始め、山の民の住む所なぞないわ。義経が逃げた場所などもうなくなる」
「くそっ、ゆうな。文覚、それであるからこそ、お主ら倒さねばならぬ。お主は鎌倉を代表する攻撃勢力。我々自由民のためにな」
「無駄よ。京都朝廷を頼朝殿がおさえれば、『山の民の王国』など認めるものか」
「清盛殿、西行殿、後白河法皇様。皆、我らが味方であったぞ」
「それも終わりぞ。義経も、もう日本には帰ってこれぬぞ」
文覚の言葉に鬼一はたじろく、(なぜそれを知っている)
「貴様、なぜ、それを」
「ふふっ、金に逃れるところを、儂が、のがしてやったのだ。鞍馬寺の宝、坂上田村麿呂公の刀と引き換えにな」

「くそ、これが最後の一撃…」
鬼一は、渾身の力を込めて、文覚に打ちかかっていた。八角棒はぱしりと折れ、鬼一の棒が、文覚の頭蓋を、天頂を打ちすえている。
一瞬、時の流れがとまる。二人の体は止まっている。風も一瞬凪いだ。
急にゆるやかな太陽の光が、雲間からふたりの体を照らした。

折れた八角棒の先を、文覚は鬼一の胸板を貫いている。
 相打ちである。

 血のにおいがただよっている。しかし鬼一の方が致命傷となる。足下に体液の流れが、大地をすこしづつ赤黒く染めていく。

「くっつ文覚、どうやら、我々の時代は終わったのう」
苦しげに、鬼一は呻く。血が口からしたたり落ちてくる。
 しばらくして文覚が告げる。
「鬼一、よい勝負じゃった。それに約束だけは守ってやろう」
「約束じゃと」
血みどろの鬼一。その疑問の顔が、文覚に向いた。
「義行殿を逃がすことじゃ」
相対する文覚の顔と体も、すでに血にまみれている。
「有り難い、文覚殿。その事恩にきる」
ひとこと発し、鬼一の体がゆっくりと大地に沈んでいく。

 血の気が失せていく鬼一の体に、文覚は片手拝みをする。
 
「鬼一殿のお仲間の方々、後はお願い申す」
 まわりの気配に対し、文覚は大音声でさけぶ。
折れた八角棒を杖として、頭から血を流しながら、文覚は鬼一の体を残しそこを去って行く。文覚は山道で立ち止まり、振り向く。目には血が流れ込んでいる。
「鬼一殿、さらばじゃ」

 文覚の姿が消えた後、山伏の群れ結縁衆、印字打ちの群が現れていた。 数人が鬼一方眼の遺骸を取り囲む。
 「後を追うか」一人が叫ぶ。
 「無駄じゃ、あのおとこには」
 刃の鬼聖、文覚の名前は紀州にも響いている、文覚は日本各地の山伏の生地で荒行をくり開けしていた。
 「頭の最後の命令にしたがおう」
 「それより、我々はな、、西行法師殿の伝説を、この世に広めねばなるまい。それが、われら、後に残りしものが役目ぞ」
鬼一方眼の義理の弟、淡海が、強くいう、が、目じりが光っていた。


■六 一一九八年(建久九年)鎌倉

文覚は、対決の後、しばらくして、広元屋敷の元を訪れている。文覚の頭は朱に染まっている。足取りもおぼつかぬ。鬼一の打撃の後がゆっくりと文覚の体をむしばんでいる。鬼一の八角棒には、やはり丹毒が塗られていた。

「大江殿、鬼一方眼はあやめた、これで、あやつかの王国、勢いがなくなろう」
文覚は、大江広元に満足げに言った。
「さようか。それは重畳。が、いかがなされた。その傷は」
「我のことなぞ、どうでもよい。よいか、広元、義行を逃がせ」
「源義行を…、何を言う。気が狂られたか」
「よいか、大江広元。私、文覚は、元は武士である。鬼一との約束は守らねばならぬ」
 文覚は息も絶え絶えに言うのである。
「皆の者、出て参れ。文覚殿、乱心ぞ」
大江広元は、屋敷の郎党を呼び寄せる。
「くそっ、広元、貴様」
 手負いの熊のように文覚は、広元の手の者と打ち合うが、多勢に無勢。おまけにひん死の状態の文覚は打ち取られる。
「残念、無念。清盛、西行、お前らが元へ行くぞ」
とらえられ、牢につれていかれる文覚がいまわの際に叫んだ。

文覚は,今は亡き好敵手西行の最期を、思い起こしていた。

待賢門院璋子(けんれいもんいんたまこ)は、西行の手を強く握りしめている。待賢門院璋子は後白河法皇の母君である。その臨終の席に西行が呼び寄せられていた。
「二人の皇子をお守り下され。西行殿。私の最後の願いでございます」
「わかりました、璋子様、この西行の命に変えても」
西行は宮廷愛の達人でもあった。この時期日本は宮廷愛の時期である。
待賢門院璋子の二人の子供とは、崇徳上皇と後白河上皇である。

璋子は鳥羽天皇の間に後白河法皇を生み、鳥羽上皇の祖父である白河法王の間に崇徳上皇をうんだ。白河法皇は璋子にとり愛人であり、義理父であった。
いわゆる源平の争いは、璋子を中心にした兄弟けんかから起こった。
西行は璋子のために終生、2人の御子を守り事を誓ったのだ。西行は璋子のために、京都朝廷のしくみを守りために、その生涯を捧げた。西行と文覚は、若き頃、恋いにそまりし王家を守る2人の騎士であった。
それでは、文覚は、日本の何を守ったのか。自問している。

文覚は若き折り、崇徳上皇の騎士であった。上西院の北面の武士である。が、文覚は保元の乱の折り逃げ出している。その折りの事を西行はよく知っているのだ、言葉で攻めていたのだ。

西行はいまはのきはに、叫んでいた言葉を思い起こす。
「文覚殿よ、天下は源氏におちたと、、思うなよ」
「何じゃと」
「頼朝殿の義父、北条、平時政殿の手におちるかもしれんな」
西行の死に臨んでの予言であった。

いにしえ、坂東の新皇と自ら名乗った、平将門(まさかど)の乱平定に力があったのは、藤原秀郷と平員盛である。藤原秀郷の子孫は、奥州藤原氏、西行の家などである。
平員盛の子孫が、伊勢平氏と北条氏であった。

■七 一一九八年(建久九年) 鎌倉 大江広元屋敷

「危ういところであった、文覚が鬼一を処分してくれたとしては」
 広元は呟く。が、広元は疑心に捕らわれる。
 いかん、もし、、、
「よいか、至急に牢を見て参れ」と雑色に命ずる。
「罪人が見つかりません」
 雑色が顔色を変えて報告した。
「何と…、そうか、あの禅師めが」
 広元は、禅師の控え部屋にいく。
「禅師、お主、義行を逃がしたな」
声高かに叫ぶ広元に対して禅師は、ゆっくりとお茶をたしなんでいる。ふくいくたるお茶の香りが禅師のいる部屋にたちこめている。
「広元様、どうかお許しください。あの者、最初からこの世には存在せぬものです」
「禅師、お前、静と連絡をとっていたのか。静はまだ生きていると聞く。あの義行を静の元に走らせたのか」
 広元は、ある事にはたと気づく。苦笑しながら言う。
「そうか、禅師、お主、西行に惚れておったのか。それを見抜けなんだのは、俺が不覚。西行が黄金である義行を逃しよったか。くくっ、まあ、良い。いずれは、静のところに向かうであろう」
広元は憎々しげな表情で、禅師を見つめる。禅師は、まさか広元が静の居場所を知っているとは、思っている。恐るべき情報能力を持つ男だった。広元は付け加えた。
「よいか、禅師。もし何かことがあれば、お主もろとも滅ぼす。無論、京都大原にいる静もじゃ」
 脅しの言葉であった。が、禅師も負けてはいない。
「が、広元様。お前様もこのままでは済みませぬぞ」
「何だと」
「頼朝様の暗殺を知っておられたこと、鎌倉腰越にて書状に認めてございます」
「何という書状を…、嘘じゃ」
「が、政子様は信じますまい。いや、本当のことをご存じでも、その書状を利用し、京都から来た男であるあなたを鎌倉政権の座から引きずり落とすでしょう」
「むむっ、お前。この俺を裏切りおるか」
 広元は憤怒の形相で、禅師ににじり寄った。
「ふふっ、これでも禅師は、この源平の争いの仲を生き残ってきた者でございます。裏の手、裏の手を考えておらねば、生き残ってはこられませぬ。そこは私、禅師の方が広元様より、一枚も二枚も上手ということでございましょう」
 広元を見返す禅師のまなじりには力がこもっていた。おまけに義行は、禅師の孫なのだ。今の今まで生きながらえて、この官僚あがりの田舎貴族と対峙して、勝てなければどうしよう。経験の量が違うのだった。
「うむっ…」
 広元も押し黙ってしまう。ここは禅師を怒らせぬ方がよいかもしれぬ。所詮は女だ。変に怒らせて、今までの広元の苦労を水泡に帰すこともあるまい。
「大江様、大江様はこの鎌倉殿の政庁を作り。歴史書に御名前が載りましょう。がしかし、大江広元様ではなく、中原広元様にかも知れませんね」
「禅師、お前何を企むか」
「いや、お隠しめされるな。先年なくられし西行様も、同じことをされました」
「‥‥」
「西行様も、佐藤家の本筋ではございませんでした。佐藤家は源平の戦い、屋島の戦で、滅んでおります。それゆえ、西行様も佐藤家御本流として、後の歴史にのこられるでしょう。これは広元様も同じことをされる機会でございましょう」
「禅師、お前は、、」
「いや、皆まで申されますな。大江様の御母君様は、大江家の出。母方さまの御本流をのってるおつもりではございませんでしたか。中原の名前を隠し、大江の本流の方々をすべて死においやり、大江広元の名前は、歴史にのこりましょうぞ。さすれば、名高き学者、大江匡房の曾孫としてはづかしき事無く明法博士の御名前を朝廷からいただけましょう。これでも禅師には、つてがございます」
大江はしばしの間、頭を垂れていた。が、ゆっくりと顔を禅師に向ける。
「、、で、禅師、そのお方とは、、」
禅師は、広元もまた、京都のためにからめとった。

「わかった禅師。このこと不問にしよう」しばらく後、広元が、禅師に言った。
「では、義行様のことはいかが記録されます」
「事件とはかかわりあいのない雑色だということにしよう」
「それを聞いて安心いたしました。それでは、京都からこられる僧のことよろしくお願いいたします」
京都から栄西、法然をはじめ、新しい教条をてに、鎌倉武士のために僧侶が送られてくるのだ、その手配方を、大江広元に頼もうというのだ。昔、平家の、赤かむろの束ね者でもあった、磯の禅師は、深く頭をさげた。
      

■八 一一九九年(建久十年) 京都 藤原兼実邸

藤原兼実は考えていた。

我々の家の先祖が、古き名前では中臣の家が、百済から、この国に流れてきて、他の豪族や百済、新羅の貴族とも戦い、この国で一をしめ、仏教とこの国の宗教とも戦い、我々、藤原の貴族がこの国の根幹を押さえていきた。藤原の都を作り、壬申の乱を生き残り。この国を寄生樹のように支配してきたのだ。
ここは、我々、藤原の国だ。おそらく、この世界のどこよりも我々の支配体制が優れていよう。天皇家ですらその意味合いがわかるまい。それなのに、後から来て板東に移住しいてきた者どもが、武闘を繰り返し、地位を締めはじめ。天皇家の血を入れた人物を立ててしまいた。氏の長としては、何らかの生き延びる方策をこうじねばならない。「鎌倉」は何かかの方策を討たねばなるまい。源頼朝が、鎌倉源氏が麻呂を裏切ろうと。京都の底知れぬ企みの怖さをしれぬ武者ともを、手に入れよう。
法然殿、重源殿、栄西殿とも話あわねばなるまい。
むろん、麻呂の弟、慈円も。
そうじゃ。慈円なら我々藤原の名跡をたたえ我々の役割を言葉として残してくれよう。
この京都の比叡山から、次々と宗教という矢を打ち込み、鎌倉武士ともの心をうちつらぬこう。
いままでの後白河法皇という重石が、麻呂の頭からさっても、いや、なつかしい思いがつのる。いきておわした間はにくらしげであったが、今は、法皇様がうたれた、打ち手の見事さが、麻呂の身にしみる。

さいわい、西行が打ち立ててくれた「しきしま道」が日本全土を多い、我々の守りとなろう。和歌により言霊による日本全土の守り。その和歌の言葉が悪霊から我々を守りってくだるだろう。和歌により神と仏を日本各地でたたえる。
それも歌枕により、われわれ貴族や僧侶が、恐るべきは、崇徳上皇様のたたりのみ。西行ですら失敗してしまった。永く後生、我々のおそれとなろう。

兼実は、藤原氏の氏の長者(うじのちょうじゃ)として、藤原氏のしての鎌倉攻撃かための決意をしている。

■十 一一九九年(建久十年)京都

京都。神護寺の境内。鎌倉から生き延びて京都に帰っている僧がいる。文覚は涙を流しながら、二mはある巨木の切れ端に向かっている。その力技は普通ではない。刃の聖そのものである。その姿勢の恐ろしさが、「天下落居」の今となっては時代遅れの歓をいなめまい。

額に汗し、顔を赤らめ、ひたすら巨木に打ち込み刃を振るう文覚は、人間ではないような感じさえ思わせるのだ。赤銅色のその力強い腕からは、ある人物の姿がだんだんとこの木片から浮かびあがってくる。

夢見、今は明恵(みょうえ)と呼ばれる弟子が文覚にたづねる。
「お師匠様、それはもしや、」
「いうまでもない。西行の像じゃ。」
「でも、お師匠様、この世ではお話が通じなかったのではございませんか」
「夢見よ、ワシと西行は同じ乱世を生きた、いわば戦友、同士じゃ」
鬼の文覚から一筋に涙が、
「これは汗ぞ。夢見よ。奴の思い出にのう」
「、、、」
「が、夢見よ、負けたのはやはりわしじゃろう」
「それはいかなる故にでございますか」
「わしと西行は、北面の武士ぼ同僚だった」
「たしか、相国平清盛さまも」
「そうじゃ、が、この後世の日本で一番名前が残るは、残念ながら、西行かもしれん」
「西行様が、」
「そうじゃ、ワシが忌み嫌った「しきしま道」をあやつは完成させよった。和歌によりこの国日本の風土あらゆる者に神と仏があると思わせ、崇拝させる道をあやつは完成させ、その道を伝えるものを数多く残したのじゃ。歌の聖人として、西行の名前は、永遠不滅であろう。日本古来の神道と仏教を、和歌と手法を使い一体化させよった。これは、さすがの、重源も気づかなかったことじゃ」
「でも。お師匠様、よろしいではございませんか。この世が平和になるのでございますから」
「夢見よ、お主も、西行の毒にはまったか」文覚は苦笑した。
「わしはな、まだまだ西行への甘い考え方には不服じゃ。奴は策士ぞ」
「といいますと」
「西行が、義経という玉を、旧い日本である奥州に送り込み、頼朝に日本統一をさせよった。西行は、後白河法王の命とは故、日本統一よ、宗教統一の2つを完成させよったのじゃ。これは、珠子さまの願いにもかなう。後白河さまは、白拍子などとつうじ、今までの日本の文化をまとめ、武士にたいする日本文化の根元流派を、藤原氏をはじめとする貴族に残したのじゃ」
文覚は、夢見にさとすように言った。
「むかしナ。わが王朝は、東大寺の黄金大仏を作り上げた。これは、唐にも天竺にも新羅にもない大事業であり、我が王朝の誇りとなった征夷大将軍、坂上田村麻呂が、黄金を生む異郷である、蝦夷を征服した。そして、」
「そして、平安京を桓武帝がおつくりなられ、我が王朝の平安なる時を希望されたわけですね」
「武者である平家が、黄金大仏を焼き、新たなる黄金大仏を、黄金国家である我が王朝は再建せざるを得ない。が、黄金は平泉奥州王国が握っておった」
「で、新たなる征夷大将軍の出番というわけですか」
「そうじゃ、黄金郷であり仏教王国である平泉を、何かの理由で成敗し、新たなる征夷大将軍として、再び黄金大仏を作らなけらば、ならぬ」
「源頼朝様が、異国奥州平泉を成敗し、黄金を手に入れ、黄金の大仏を、平安国家の象徴としてつくねばならなかった」
「そうじゃ、お主も、ワシも、色々な国々から移住してきた、我らが祖先が、1つの国の象徴として存在した黄金大仏を再建し、新たなる時代の幕開けをつげなければならなかったのじゃ」
「お師匠様、でも、もう日本は仏教国でございます」
「くく、それよそれ。西行は、歌の形で、奥州藤原氏の仏教王国の考え方を、日本に広げていきよった、くやしいが、わしは、西行にかなわなんだ」
夢見、明恵は、しかし心のなかで少しほほえんでいる。
(でもお師匠様、でも少しお忘れです。ー紀州熊野を納めしもの、日本をおさ
めんー熊野を治めるどこかの国から来た人間の子孫が、この日本を治めるのですよ。)
紀州湯浅氏出身の夢身、明恵は、ほほえんで、西行の彫像ができあがるのを眺めていた。

第十章 完


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